金光教とは
金光教(こんこうきょう)は、幕末の安政6年(1859年)、備中国(現在の岡山県浅口市金光町)において、教祖・金光大神(こんこうだいじん)さまが、天地金乃神(てんちかねのかみ)さまから受けられた「立教神伝(りっきょうしんでん)」に始まります。神さまと人とは「あいよかけよ」の関係にあり、神さまは人が助かることを、人は神さまによって生かされていることを喜び、共に助かり合う生き方を伝えています。
私たちは、神様のお恵みを受けて生かされ、生きています。決して自分の力だけで生きているのではなく、それぞれの命があって、さまざまな人や物のお世話になって生きているのです。
例えば、赤ちゃんは自分でおむつを替えることはできません。食事をとることもできません。誰もが皆、回りの人のお世話になり、心身の成長を頂き、日常生活での稽古を通して、初めて「できる」ようになるのです。
ところが、一人で「できる」ようになると、命そのものを授かっている事実や、天地の恵みに囲まれている事実、さらには、多くの人や物の支えがあって今の自分があるという事実を忘れ、その事実が「当たり前」となり、「自分の力でできている」と勘違いしてしまうと、難儀な生き方に陥ってしまうのです。
金光教では、お世話になって「できる」ことや、さまざまな恩に報いる生き方を生活の中に現していくことを信心としています。信心を進めるためには、稽古が必要であるとみ教えにもあり、教会に参拝し、「取次」を通して、自身の在り方を見つめ直し、おかげのいただき方を知っていくことが大切です。
御祭神
天地金乃神(てんちかねのかみ)
天地金乃神様は、人間をはじめ、あらゆるものを生かし育む、大いなる天地のはたらきであり、私たち人間の親神(おやがみ)様。
生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)
取次(とりつぎ)とは
取次とは、参拝者の願いを神に届け、神の願いを参拝者に伝えて、神と人とが共に助かる生き方を求めていく、教祖様によって始められた本教の信仰活動の中心です。
安政6(1859)年、天地金乃神様からのお頼みを受けられ、教祖様は家業をやめ、人の願いを神に祈り、神の願いを人に伝える取次に、明治16(1883)年に死去するまで自宅の広前において専念し、難儀に苦しむ多くの人が助かりへと導かれました。その教えは時代の経過と共に各地へ広がり、現代まで絶えることなく受け継がれています。
人は生きていく上で、さまざまな問題に出遭います。自分ではどうしようもない問題にぶつかると、その苦しみは深く、塞ぎ込んでしまうこともあります。そのような時、教会に参拝し、取次を願えば、取次者はその内容を神様に祈り、それぞれの問題や状況に応じて、神様の願うあり方をお伝えいたします。神様と人との間に橋を架けるのが取次者である教会長・教師の役割であり、皆様がその橋を渡っておかげがいただけるようにお手伝いをさせていただきます。
金光教の本部及び全国約1500の教会の広前(参拝者の参り場所)では、日々、この取次が行われており、いつでも、どなたでも、自由に取次を願うことができます。